野池 2002/02/24


AM6:00

俺はベッドからけだるそうに足を下ろす。
昨夜、途中で消したコイーバで目覚めの一服。
外をふと眺めると車のライトが見える。ロールスだ。



時間通りだ。

腕のデイトナにちらりと目を落とした。
今日はどんな相手に遭うことができるのか?
それともまた機嫌が悪いのだろうか?

コイーバの煙がゆっくりと部屋を対流していくのにあわせるように
ビルエヴァンスの優しいピアノが部屋に充満する。



ガウンを脱ぎ、シャワーの蛇口をひねる。

昨夜のゴードンがのどを焼き、心地よい刺激を生んでいる。
体中が失った水分を吸い込み、これから起こりうる出来事を
全身で期待しているかのように、細胞の隅々まで吸収する。

今日も馬鹿な男の一日が始まる・・・
クライマックスはわからない。

相棒は多くを語らない。
行き先は暗黙の了解で決まっている。

最初のポイントは前にも一度訪れた場所。
そこに湛える水は美しかった。が、この数日前に
降った雨で濁っている。今の俺の心の中を映したようだ。



ただひたすら・・キャスト&リトリーブを繰り返す。

本当は魚なんてどうでもいいのかもしれない。
ただ、水面に誘われて・・俺たちはそう、誘惑に耐え切れない。

半周ほどした頃、水上でたわいも無い話をしていた。

バシャ!

そんな釣人の心の隙間を、魚はよく心得ている。



ロールス、かなり悔しそうである。
無論、俺にはバイトも無く、ほんとに悔しいのは俺である。



雰囲気は抜群なのだ。おまけに気候もぽかぽかと暖かい。



たまにはタックルの日干しも必要だろう。

俺たちは、地図にあるめぼしい池を次々と回った。
最初の池でロールスに反応があったきり。



空腹に耐え切れず、お気に入りのらーめん屋に。

後半戦はやる気なしだったが、相方は満々の様子。
仕方なく付き合うことにした。

浮いてまもなく、ぼんやりと空を眺めたりして
キャストの回数も日が落ちるにつれ少なくなる。

魚の反応が薄いと、釣り人は無口になるものだ。
どうすれば釣れるのか?ということよりも
思いつくのは昔の思い出ばかり。

昔はよかった・・

なんて、いいたくなかった。
昔も、今も、いいのだ。
でも、確実に楽しめるフィールドが限られている。

あの日に帰りたい。今のタックルを持って。

寒さと寂しさに耐え切れず、一人揚がることに。
小僧はまだまだやる気満々。
いつものことだが、彼の集中力にはあきれる。

久しぶりに焚き火でもしてみるか・・

焚き火が好きだ。子供の頃から。
燃えてゆく、そのプロセスをじっと目で追う。



大きすぎず、小さすぎず、丁度良い頃合の炎を維持する。
ここが焚き火の醍醐味だろう。

炎は人の心を癒す。

太古の人類たちも、狩りの後は浜辺で焚き火を囲んだのだろうか?
炎の中に様々な影を投影し、心の中が見え隠れする。

知らない釣り人も焚き火を見つけ、話し掛けてくる。
俺は、まるで老兵のように、淡々とそっけなく返答する。

炎の前では人は何かを演じてしまうものなのか。

暗闇の中から、坊主の声が聞こえる。

「カメラの準備はいいですか?」

いつもの軽口だと思って、カメラなど持たずに歩み寄ると
魚を手にして満面の笑みを浮かべた青年がいた。


最後まであきらめない男。



とっととあきらめた男


春はもう、すぐそこまできている。




家に帰ると、シーマンが卵を産んだ。
おまえもスポーニングか?







[PR]動画